詩81
かみのみことば 前田 豊
もみじのきぎが いろづいて
いちまいいちまい ひらひらと
ほどうにあきを ちらすとき
かみのことばは とこしえに
くちないしんり かたります
いちょうなみきが いろづいて
かぜにふかれて ぱらぱらと
ほどうをあきに そめるとき
かみのことばは とこしえに
くちないしんり かたります
けやきなみきが いろづいて
かぜにまいつつ くるくると
ほどうをあきに つつむとき
かみのことばは とこしえに
くちないしんり かたります
「こう言われているからです。『人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。』これこそ、あなたがたに福音として告げ知らされた言葉なのです。」
(ペトロの手紙1 1章24-25節)<2000/11/17>『週報』詩820
詩82
わたしはどこへ 前田 豊
わたしはどこへ いくのでしょう
おとうさんや おかあさん
おじいちゃんや おばあちゃん
あるいたみちを トコトコと
あるいてどこへ いくのでしょう
じゅうじかのしゅ イエスさまが
てんのみくにで まちうけて
おむかえくださる みもとまで
もくひょうめざして まいります
わたしはどこへ いくのでしょう
みんながいつかは としとって
このよをさるひを まちながら
あるいたみちを トコトコと
あるいてどこへ いくのでしょう
ふっかつのしゅ イエスさまが
てんのみくにで まちうけて
おむかえくださる みもとまで
もくひょうめざして まいります
「、、、一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、
この方がはるかにのぞましい。」
(フィリピの信徒への手紙1章23節)<2000/11/23>『週報』詩822
詩83
あふれます 前田 豊
あふれます あふれます
わきあふれます こんこんと
つきないいのちの ましみずが
イエスさま しんじたそのひから
こころのうちに あふれます
あふれます あふれます
わきあふれます ぐんぐんと
きよいみたまの ましみずが
つみのちからに しょうりして
こころのうちに あふれます
あふれます あふれます
わきあふれます ごうごうと
かみのいのちの ましみずが
かみのことばに あかしされ
こころのうちに あふれます
「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から
生きた水が川となって流れ出るようになる。」
(ヨハネによる福音書7章38節)
<2000/11/30>『週報』詩823
詩84
ダビデのまち 前田 豊
ダビデのまちの ベツレヘム
かみのすくいの ときみちて
メシアとなられる キリストは
マリアのたいから うまれます
ダビデのまちの ベツレヘム
ひとびとねむりに おちるころ
ひととなられる キリストは
マリアのたいから うまれます
ダビデのまちの ベツレヘム
ひとにしられず うまごやで
イエスとなられる キリストは
マリアのたいから うまれます
「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。
この方こそ主メシアである。」
(ルカによる福音書2章11節)<2000/12/4>『週報』詩826
詩85
ダビデのおうざ 前田 豊
かみのみことば
ナタンにのぞみ
ダビデにやくそく
つげました
ダビデのしそんに
しゅなるかみ
さずけられます
ダビデのおうざ
とこしえまでも
ゆるぎなく
ダビデのむすこ
ソロモンは
おうざについて
おさめます
えいがにおぼれた
ソロモンは
つみをおかして
さばかれて
くにはふたつに
わかれます
かみのひとりご
キリストは
かみにたてられ
おうとなり
やくそくされた
みざにつき
ダビデのまことの
すえとして
とこしえまでも
おさめます
「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」
(ルカによる福音書1章32、33節)<2000/12/11>『週報』詩827
詩86
クリスマスのイエスさま 前田 豊
クリスマス クリスマス
てんにおられる イエスさまが
みたまによって こられます
わたしのために みをすてて
みがわりとなり じゅうじかで
つみのさばきを うけられた
あがないぬしの イエスさまが
わたしのところに こられます
クリスマス クリスマス
てんにおられる イエスさまが
みたまによって こられます
このよにきょうかい おこすため
いしずえとなり じゅうじかで
つみなきいのち すてられた
あがないぬしの イエスさまが
きょうかいのなかに こられます
「わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは神の豊かな恵みによるものです。」
(エフェソの信徒への手紙第1章7節)
<2000/12/22>『週報』詩828
詩87 とんでいきます 前田 豊
ちいさなくもが
かぜにのって
とんでいきます
ふゆのそらを
おともなく
とんでいきます
いつのまにか
おおぞらにすいこまれ
いろもかたちも
きえていきます
みじかいじんせいも
ときのながれにのって
とんでいきます
くるしみおおいあれのを
うめきながら
とんでいきます
ときがくると
かみのみてにとらえられ
すがたもかげも
きえていきます
「ああ、人はただ影のように移ろうもの。ああ、人は空しくあくせくし、だれの手に渡るとも知らずに積み上げる。」
(詩編第39篇7節)
<2000/12/29>『週報』詩829
詩88 ひかりのひかり 前田 豊
ひかり
ひかりがあります
じんせいに
ひかりのひかり
イエスさまが
こころのうちに
やどられて
すくいしんじた
そのひから
よろこびみちます
じんせいに
ひかり
ひかりがあります
じんせいに
じゅうじかのしゅ
イエスさまが
こころのうちに
やどられて
すくいさとった
そのひから
ゆうきみちます
じんせいに
ひかり
ひかりがあります
じんせいに
ふっかつのしゅ
イエスさまが
こころのうちに
やどられて
すくいにいきた
そのひから
きぼうみちます
じんせいに
「イエスは再び言われた。『わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。』」(ヨハネによる福音書8・12)
<2000/1/1>『週報』詩830
詩89 イエスさまのよろこび 前田 豊
イエスさまが
せいれいによって
こころのうちに
やどられると
イエスさまの
よろこびで
わたしの
こころは
ひかりかがやきます
イエスさまが
こころのうちに
せいれいによって
りんざいされると
イエスさまの
よろこびで
わたしの
こころは
いっぱいになります
イエスさまが
こころのうちを
せいれいによって
しはいなさると
わたしの
こころは
よろこびおどります
「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、
あなたがたの喜びが満たされるためである。」
(ヨハネによる福音書15章11節)<2001/1/8>『週報』詩831
詩90 あがなわれて 前田 豊
いのちのない
むなしいぐうぞう
しんじつつ
むなしくいきた
じんせいに
すっきりわかれを
つげました
イエスさまの
つみのあがない
いただいて
いのちのない
しんだぐうぞう
たよりにし
あてなくいきた
じんせいに
きっぱりわかれを
つげました
イエスさまの
じゅうじかのあい
いただいて
いのちのない
うごかぬぐうぞう
あてにして
おろかにいきた
じんせいに
はっきりわかれを
つげました
イエスさまの
とこしえのすくい
いただいて
「知ってのとおり、あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、金や銀のような朽ち果てるものにはよらず、きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。」
(ペトロの手紙1 1章18節)<2001/1/14>『週報』詩832
詩91 いつまで 前田 豊
いつまで
しくしくないてるの
かなしかったら
イエスさまに
たすけもとめて
いのりましょう
いつまで
ぶつぶついってるの
ふまんがあったら
イエスさまに
みちびきもとめて
いのりましょう
いつまで
ぐずぐずやってるの
つまんなかったら
イエスさまに
いきがいもとめて
いのりましょう
「わたしの名によって何かを願うならば、わたしがかなえてげよう。」
(ヨハネによる福音書14章14節)<2001/1/14>『週報』詩833
詩92 いきたみず 前田 豊
こんこんと
わきあがります
いのちのみずが
イエスさまが
こころにみたまを
くださって
いのちとなられた
そのひから
とうとうと
ながれゆきます
いのちのみずが
イエスさまが
こころにやどって
くださって
いずみとなられた
そのひから
「わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から
生きた水が川となって流れ出るようになる。」
(ヨハネによる福音書7章38節)<2001/1/30>『週報』詩834
詩93 よぞらをあおいで 前田 豊
はるかなむかし アブラハム
こをえるのぞみ たえはてて
おもいめぐらし さくをねり
かんがえだします あとつぎを
しゅのてにひかれ アブラハム
よぞらをあおぎ ほしをみて
さずかるしそんの やくそくを
こころにかたく しんじます
やくそくしんじた アブラハム
そのしんこうを ぎとされて
まちのぞみます あとつぎを
かみのことばの じつげんを
「主は彼を外へ連れ出して言われた。『天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。』そして言われた『あなたの子孫はこのようになる。』」
(創世記15章5節)<2001/2/1>『週報』詩835
詩94 わたしのたみ 前田 豊
まぼろしのなか イエスさま
パウロにむかって かたられる
おそれるな かたりつづけよ
だまっているな
まぼろしのなか イエスさま
パウロにむかって かたられる
わたしがあなたと ともにいる
あなたにきがいはおよばない
まぼろしのなか イエスさま
パウロにむかって かたられる
このまちには わたしのたみが
おおぜいいる
まぼろしのなか イエスさま
パウロにむかって かたられる
わたしがえらんだ たみはみな
ひとりのこらずすくわれる
「ある夜のこと、主は幻の中でパウロにこう言われた。『恐れるな。語り続けよ。黙っているな。わたしがあなたと共にいる。だからあなたを襲って危害を加える者はいない。この町には、わたしの民が大勢いるからだ。』」
(使徒言行録18章9-10節)
<2001/2/14>『週報』詩360
詩95 はるのそよかぜ 前田 豊
はるのそよかぜ ふいてこい
みなみのうみから ふいてこい
うめのはな もものはな
さくらのはなを さかせつつ
はるのそよかぜ ふいてこい
かすむそらから ふいてこい
だいちのねむり ゆりおこし
すみれにめざめ あたえつつ
はるのそよかぜ ふいてこい
はるさめはこび ふいてこい
たはたのぬくもり よびおこし
たねまくときを しらせつつ
はるのそよかぜ ふいてこい
ひろがるそらから ふいてこい
いきるいのちを つくられた
かみのみちから たたえつつ
「、、、造り主こそ永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。」
(ローマの信徒への手紙1章25節)<2001/2/19>『週報』詩837
詩96 うちあける 前田 豊
おもいわずらい
やめましょう
ちいさなことにも
めぐみをかぞえ
かんしゃをこめて
いのりましょう
おもいわずらい
やめましょう
つもるなやみも
くるしさも
かくさずかみに
うちあけましょう
じんちをこえた
やすらぎが
キリスト・イエスの
みちからで
こころのおもいを
まもります
「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。」
(フィリピの信徒への手紙4章6節)
<2001/3/2>『週報』詩838
詩97 やまがうごく 前田 豊
かみをしんじて いのるとき
やまがうごいて うみにゆく
きせきがこのみに おこります
うまれながらの つみびとが
しゅイエスのあいに つつまれて
かみのこどもと されました
かみをしんじて いのるとき
やまがうごいて うみにゆく
きせきがこのみに おこります
かみをしらない つみびとが
みたまのちからに みちびかれ
かみのこどもと されました
かみをしんじて いのるとき
やまがうごいて うみにゆく
きせきがこのみに おこります
すくいをもたない つみびとが
かみのみむねに いかされて
かみのこどもと されました
「そこで、イエスは言われてた。『神を信じなさい。きっぱり言っておく。だれでもこの山に向かい、「立ち上がって、海に飛び込め」と言い、少しも疑わず、自分の言うとおりになると信じるなら、そのとおりになる。』」
(マルコによる福音書11章22-23節)
<2001/3/8>『週報』詩839
詩98 ほめたたえましょう 前田 豊
こころから
さんびしましょう つくりぬし
ほめたたえましょう つくりぬし
とこしえからの けいかくで
すべてのものを つくられて
ごしはいなさる つくりぬし
こころから
さんびしましょう かみのみこ
ほめたたえましょう かみのみこ
とこしえからの けいかくで
ちちなるかみに つかわされ
メシアとなられた かみのみこ
こころから
さんびしましょう かみのれい
ほめたたえましょう かみのれい
とこしえからの けいかくで
しんじるものに やどられて
すくいさずける かみのれい
「すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように。」
(ローマの信徒への手紙11章36節)
<2001/3/18>『週報』詩840
詩99 ゲッセマネのいのり 前田 豊
オリーブやまの ゲッセマネ
でしたちつれて そのにいり
いのられました イエスさま
このさかずきを とりのぞき
みちをひらいて くださいと
オリーブやまの ゲッセマネ
しずまりかえった そのにいり
いのられました イエスさま
さんどもことばを くりかえし
ちのようなあせ したたらせ
オリーブやまの ゲッセマネ
オリーブしげる そのにいり
いのられました イエスさま
ちちなるかみの みこころを
このみになさせて くださいと
「少し進んで行って、うつ」伏せになり、祈って言われた。『父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。』」(マタイによる福音書26章39節)
<2001/3/23>『週報』詩841
詩100 かみのぎ 前田 豊
かみのぎが
きゅうやくせいしょに あかしされ
しめされました つみのよに
かみのぎが
ちちなるかみから つかわされ
おいでになられた つみのよに
かみのぎが
じんかくとなり あらわれて
ぎせいとなられた つみのよで
かみのぎが
キリストにより みたされて
かがやきました つみのよに
しんじるものを すくうため
せかいのたみを すくうため
わけへだてなく すくうため
「すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じるすべての者に与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。」
(ローマの信徒への手紙3章22節)<2001/3/30>『週報』詩842
|